【NAOが行く】タイ編:Day4 水の都・バンコク

コラム

カナル・クルージング

「東洋のベニス」とも呼ばれるバンコク。実際に車や電車が走る前は水路が主要な移動手段だった。都市発展すると共に埋め立てられたが、今も多くの人々がボートで通勤、通学をしている。

本日の予定は今も使用されている水路と王宮周りをボートで周る「カナル・クルージング」である。

楽しげな響きだが、クルーズに参加する際、必ず用意してもらいたいのがサングラスである。水質がかなり悪く、目に入れば最悪失明、口に入れば最悪死ぬ可能性がある。

「ウェンディ、サングラスもってるよね?」
陽気なハワイアン女性に尋ねる。
「大丈夫、もってるわ!」
朝、ホテルのロビーで全員のグラサンをチェックし、満を持して出発した。

ボートの発着場に着く。波でグラグラと不安定な船に乗客がキャッキャと楽しみながら乗り込んでいく。
「サングラスね!サングラス!」
みんなに再び声をかけながら、最後にウェンディと乗り込む。
「ウェンディ、サングラスしてね!」とうるさく声をかける。
「ええ…。今探してるんだけど…あれ…?あれ…?」
嫌な予感がした。
「どこかに置いてきちゃったみたい…。」
「ええー…まじか…。」
自分の度付きのメガネを貸すことはさすがにできない。よりによって僕たちは最も水のかかる最後列。遊園地であれば、両手をあげて満面の笑みで水にぶっかかりに行くぐらいVIPなシートなのだが、今はそんなテンションにはならない。

仕方がないのでウェンディを真ん中の席に座らせ、帽子を深くかぶってもらう。
ウェンディの隣に座るガイドがにっこりと笑いながら言う。
「このあたりは魚がたくさんいるから水質がきれいなんだ!少々飲んじゃっても大丈夫さ!」
きれいかどうかは知らないが、河の色は明らかに「青」には分類されない色をしていて、言葉を信用できない。ちなみにガイドはメガネをかけ、手に口を当てながら話している
「あとは…祈ろうか。」
ウェンディに僕がそうつぶやいた瞬間、けたたましい音と共にボートが川を切り裂いていく。同時に大量の水がぶっかかる。
「そぉーーーい!」よくわからない奇声を出してしまう。
数秒でビチョビチョの僕をチラリと見て、隣のウェンディは顔がひきつっている。
メガネをしていても意味がない…。
2人で必死に顔を伏せる。ガイドは僕らの隣で付近の建物を説明しているが、僕たちはその建物を見ることができず、脳内でイメージする。
「ああ…なんだ、この時間…。」
クルージングというよりかは苦ーしんでいる、だな…。そんなS級のギャグを考えながら耐えること数分…。なぜか次第に笑いが込み上げてきた。
ウェンディも同じようで、二人は顔を真下に向けながら、笑い、叫んだ。人は死を覚悟したときに本当の笑顔になれるのかもしれない。

ぶるるるるん…。数分後、ようやく船がスピードダウンした。
おそるおそる顔をあげるとそこには巨大なゴールデン・ブッダが見えた。
「あなたたち、これぐらいの薄目でボートにお乗りなさい…。」そう教えてくれている気がしたのだが、もう少し早めに教えてほしかった。


ようやくボートは僕らの気持ちを悟ったかのように、のんびりとしたスピードで進んでくれた。心にゆとりが生まれ、河沿いに立ち並ぶ古民家の人たちに手を振りながらクルーズを楽しむ。

「ヒアだ!!!!」
ミズオオトカゲを発見してガイドが叫ぶ。このトカゲというにはデカすぎるトカゲは運河だけでなく、街中でも見ることが多々ある。ちなみにタイ語でミズオオトカゲを「ヒア」というのだが、これはスラングとしてよく使われ、いわゆる「F〇〇K」みたいな意味があるので声に出しての使用は絶対に控えていただきたい。

「はーい。陸に到着だよ~。」ガイドの声と共にボートが止まる。
「生きてるってすばらしいね!」
やっとの思いで陸にあがり、ウェンディと喜びを爆発させていると、ニヤニヤしながらダニエルが近づいてきた。
「あれ?ナオ、シャワー浴びたの?早くない?」
C級のジョークで命の危機をからかわれ、危うく「ヒア」を使ってしまいそうになったが、僕はゴールデン・ブッダなマインドで軽く微笑み、「後半は彼を最後列に座らせよう」と心に誓ったのだった。

水上マーケット

古くからタイでは運河の上で商いが行われてきた。近年は観光客たちに水上マーケットとして人気である。ここ、クローンバーンルアン水上マーケットは本格的な出舟こそないものの、他の水上マーケットと比べるとアクセスが良いため、オススメである。

ここで30分ほど自由時間となった。木造の古民家を背景にのんびりとボートが通り過ぎていく絵がなんともタイらしい。
ダニエルとパッタイ(タイ風焼きそば)を食べ、ひと息つく。タイ人は一日5食ぐらい食べる人が多いので、11時過ぎの焼きそばは朝のおやつにあたる。ちなみにコスタリカにいる際は一日5回のコーヒータイムがあった。どちらの国も息抜きの回数が多く、そのゆったりとしたトロピカルな暮らしっぷりに慣れた自分は日本人の働く姿を見て「本当によく働くよなー」といつも感心してしまうのである。


おやつを食べ終えて先へ進むと、お客さんたちが魚にエサをまいていた。タイでは生き物にエサを与えたり、お坊さんに食事を差し上げたりすることを「タンブン(徳を積む)」と呼ぶ。このタンブン文化のおかげで、誰かのために何かをしてあげることが好きなタイ人が多いのである。タイに来ると心が洗われる人が多いのはこの文化のおかげかもしれない。

あっという間に30分が経ち、帰りの船にみんなが乗り込んでいく。
ウェンディは僕と目を合わせながら頷き、彼女は前列の方に乗り込んでいった。
そして僕はダニエルのために最高の席をとっておいた。僕なりのタンブンである。

ダニエルは僕の優しさに気づいてなかったようで、ボートが動き出すとようやく「うわ、最悪…ここ、水かかるじゃん…。」と喜び始めた。
だが、さすが元王者である。バッグからパドルを2本取り出し、黒々とした水に対して鉄壁のディフェンスを見せた。


「なんでクルージングなのにパドルを持ってきてるんだろう…」彼を真のプロフェッショナルだと認めざるを得なかった。
「準備が大事なんだよね。ピックルでも同じだよ、ナオ。」ダニエルが隣でニヤニヤしながら言ってくる。
僕の心はその言葉でやや乱れそうになったが、ゴールデン・ブッダに再び「目をつむってあげなさい」と言われている気がして、仏の御心で河に流してあげた。

いざホアヒンへ。カラオケバスの旅

クルーズが終わった後、僕たちはバンコクに別れを告げ、ホアヒンへと向かう。
2台のバンのうち、1台にはしっかりとしたカラオケシステムがセットされていた。
そこで「カラオケ組」と「寝たい組」の2つに分かれることになった。


僕はアメリカ人とのカラオケが好きだ。マイクを持っていなくても全員がいっしょに歌い、大合唱となるため、歌のうまさは関係なく、僕はエア・カラオケ(こんな言葉あるのだろうか)でいつも歌っている。アメリカ人のピックラーと仲良くなる方法の一つがこの「カラオケタイム」だと思っている。

さて、「カラオケ組」のバンは最初からフルスロットルだ。リッキー・マーティンの「Livin La Vida Loca」からスタートする。僕も郷ひろみになりきり、「タイはホントにアーチーチーアーチー」と叫ぶのだが誰も僕の替え歌を褒めてくれない。ホアヒンまでは約3時間かかる予定だが「こんな激しいペースのまま行くのだLoca?」という僕の心配をよそに次々と曲が投げ込まれていく。

自分はカラオケでオールを達成したことがない。どうしても眠気に勝てないのである。「今日はカラオケオールしよー」と言われて歌い始めてもせいぜい深夜1時ぐらいを過ぎると寝始めてしまう。そして朝5時ごろの「リンダリンダ」あたりでむっくり起き上がってきて、気持ちよく歌って帰るタイプである。

今日も僕はすでに眠気がある。みんな、疲れてないのだLoca…。そう思っていたら、一人、寝始めた。これはチャンス、乗じて寝よう!と思ったのだが、そこで僕は曲入れ係のポジションに座ってしまっていることに気づく。今日はとことん席運がない。
次々とリクエストが入り、寝る隙間がない。あ、一人寝た、と思ったら一人が起き上がってきて元気になって歌い始める。この流れが延々と繰り返される。

ええい、こうなったら楽しんだもん勝ちである。僕の長年の夢だった「Over the Rainbowをハワイ人と歌う」を今日叶えてやる…。そう思って曲を入れたのだが「ナオの歌は静かに聞きたいわ」と言って誰もマイクを握ってくれず、僕の夢は虹の彼方へと消えてしまった。

バンは結局、長い渋滞に捕まり、ホアヒンのリゾートに着いた時には5時間半が経過していた。眠気でフラフラになりながらも僕は人生で初めてカラオケ時の眠気に打ち勝った。お客さんたちも楽しんでくれたようで「タイ人的に言えばかなり徳を積んだのかな」と苦笑いしながら、真白いベッドを見た瞬間、顔ごと突っ込んだのであった。

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Nishimura Naoya

三重県伊勢市出身。日本語教師として、タイ、コスタリカで働く。2019年にコスタリカ大学勤務時にピックルボールに出会い、ボーダーレスで老若男女混合のコミュニティの中心となっているピックルに強く惹かれる。帰国前には現地の大会で2度優勝。帰国後も日本の主要大会で優勝を重ねる。現在はプレイヤー兼コーチとして活動する傍ら、普及活動にも従事する。ユーモアを混ぜながら、わかりやすく、相手の瞳の奥に立って説明することを心がけている。信条は「尊び、愛す」。挨拶時に「愛し合ってる?世界と」と聞いてくる。

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