ピックルボールの歴史と未来:アメリカでの25年の進化

コラム

今やアメリカでは1,400万人がプレーしているピックルボール。

プロの試合がテレビで放送されるほどの人気を誇り、ビジネスとしても急成長しています。

でも、どうやってここまで来たのか?

今回は、ピックルボールの過去25年の進化を振り返りつつ、今後の可能性についても探っていきます!

ピックルボールの成長の始まり(2000-2010年)

2000年代に入ると、ピックルボールはリタイアした人たちを中心に広まりました。

特に、アリゾナ州やフロリダ州といった温暖な地域では、テニスコートにラインを引いてプレーする人が増えていきました。

また、ポータブルネットの発明(※どこでも簡単に設置できる持ち運び可能なネット)がこの時期の大きなブレイクポイントに。

これにより、公園や学校の体育館でもプレーできるようになり、じわじわと人気が拡大しました。

2009年にはアリゾナ州で初めての全米選手権が開催され、26州から約400人の選手が参加。

この大会をきっかけに、競技スポーツとしての認知度が少しずつ上がっていきました。

ピックルボールはこの時期、特にシニア層に人気がありました。

ルールがシンプルで、運動強度がテニスよりも低いため、幅広い年齢層が楽しめるスポーツとして認知され始めました。

全米への拡大(2010-2015年)

2010年代に入ると、ピックルボールのコートが急激に増加。

2008年にはアメリカ国内に約1,500のコートがありましたが、2015年には12,800にまで増えました。

この成長を牽引したのは、私立のテニスクラブでした。

テニスよりも省スペースで多くの人がプレーできるため、クラブ側にとってもメリットが大きかったのです。

また、自治体もこのスポーツに注目し、未使用のテニスコートをピックルボール用に転換する動きが加速しました。

2013年には「トーナメント・オブ・チャンピオンズ」が開催され、賞金付きの大会も増え始め、競技スポーツとしての発展が進みました。

この時期には、YouTubeやSNSでの情報発信も盛んになり、プレーの楽しさや試合の模様が多くの人に共有されるようになりました。

プロシーンの誕生(2015-2020年)

2016年、「全米オープン・ピックルボール選手権」がフロリダ州ナポリで開催され、ついに全国テレビ放送されるまでになりました。

この大会では、シモーネ・ジャルディンやベン・ジョンズといった選手たちが登場し、競技レベルが一気に向上しました。

2018年には「全米選手権」がカリフォルニア州インディアンウェルズで行われ、2,200人以上が参加。

YouTubeやスポーツ専門チャンネルで試合が配信され、多くの人が観戦するようになりました。

特に注目されたのは、若手選手の台頭でした。

12歳でプロデビューを果たしたアナ・リー・ウォーターズは、その後瞬く間にトップ選手になり、ピックルボールの未来を担う存在となりました。

コロナ禍での爆発的成長(2020-2025年)

2020年以降、新型コロナウイルスの影響でピックルボールは爆発的に成長しました。

外で安全にプレーできるスポーツとして、多くの新しいプレーヤーが参入。

2023年までに競技人口は223.5%増加し、13.6万人以上がピックルボールをプレーするようになりました。

また、メジャーリーグ・ピックルボール(MLP)などのプロリーグが誕生し、チームベースの対戦形式が導入され、観戦スポーツとしての魅力も向上しました。

多くの著名人がピックルボールチームへの投資を行い、競技としての地位がさらに確立されていきました。

世界的な広がりと未来の展望

近年、ピックルボールはアメリカだけでなく、世界各地で急成長中。

2024年のピックルボール・ワールドカップでは、32カ国から500人以上の選手が参加するなど、国際大会の規模も拡大しています。

また、大学スポーツとしての正式な認定も進んでおり、今後はNCAA(全米大学体育協会)の公式競技になる可能性もあります。

さらに、将来的にはオリンピック競技として採用される日も遠くないかもしれません。

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