テニスからピックルボールへ転向し、5年以上トップレベルで戦ってきたジェイ・デビリアーズ。
ナダルとの練習経験からプロ転向の覚悟、ジョンズ兄弟との激戦まで、その歩みをたどると、ピックルボールが短期間でプロスポーツへ成長してきた背景が見えてきます。
テニス経験を武器にプロピックルボールへ
ジェイ・デビリアーズは「The Flying Frenchman(フライング・フレンチマン)」の愛称で知られる、プロピックルボール界のベテラン選手です。
フランスの競争心が強いスポーツ一家で育ち、若い頃から本格的に競技へ取り組んできました。
その後はスペインのテニスアカデミーでトレーニングを積み、アメリカのウィチタ州立大学では大学テニスを経験しています。
特に注目したいのが、ダブルスで積み上げた経験です。
ピックルボールでもトップレベルの試合ではダブルスが重要なカテゴリーとなっており、単純なショットの強さだけでは勝てません。
例えば、
- パートナーとの距離を保つ
- 相手の空いているスペースを読む
- ネット前へ出るタイミングを合わせる
- 自分が打った後に次の位置へ移動する
- パートナーが狙われたときにカバーする
といった判断が求められます。
デビリアーズは、こうしたテニスのダブルスで身につけたポジショニング(※コート上で状況に応じて適切な位置を取ること)やフットワークを、ピックルボールへうまく応用してきました。
2019年にプロピックルボールへ転向すると、競技人口や大会数が急速に増えていく時代の中でトップ選手へ成長します。
ただし、同じ競技で5年以上トップクラスに残ることは簡単ではありません。
新しい選手が次々と登場し、パドルの性能、戦術、トレーニング方法まで変化していく中で、自分自身もプレースタイルをアップデートする必要があります。
デビリアーズが長期間活躍しているのは、テニスで培った基礎能力だけでなく、変化する競技へ対応する力を持っているからこそといえそうです。
ナダルとの90分間の練習で体感した世界最高峰
デビリアーズのテニス時代を語るうえで、かなりインパクトがあるのがラファエル・ナダルとの練習経験です。
全米オープンでヒッティングパートナー(※トップ選手の練習相手としてラリーやポイント練習を行う選手)を務めていた際、ナダルと約90分間にわたって打ち合いました。
この練習は、ナダルのコーチとして知られるカルロス・モヤによって組まれたセッションだったとされています。
世界最高峰の選手と90分間打ち続けるというのは、単にボールを返せればいいというものではありません。
ナダルのような選手を相手にすれば、
- 強烈なトップスピン
- 深いボール
- 高いバウンド
- 左右への振り分け
- ラリー中の圧倒的なテンポ
に対応し続ける必要があります。
トップスピン(※ボールに前方向の強い回転をかけ、急激に落下させたり高く弾ませたりする回転)は、ラケットスポーツでは相手を後方へ押し込むためにも使われます。
デビリアーズはこの練習について、最終的には手にマメができ、出血するほどだったと振り返っています。
つまり「有名選手と練習した」という記念的な経験ではなく、身体的にもかなりハードなセッションだったわけです。
こうした経験は、現在のピックルボールにもつながっています。
トップレベルでは、相手のショットが速いからといって驚いている暇はありません。
速いボールを受けながら次のショットを判断し、自分のポジションを整え続ける必要があります。
世界最高峰のテニスを肌で感じた経験は、プロピックルボールの高速ラリーでも慌てず対応するための土台になっているのかもしれません。
6か月で結果を求められたプロ転向の決断
現在では世界的に知られるプロ選手となったデビリアーズですが、ピックルボールを始めた頃から生活が安定していたわけではありません。
2020年には、妻から「6か月以内にピックルボールで結果を出せなければ、普通の仕事を探す」という期限を提示されたと語っています。
かなり厳しく聞こえますが、プロスポーツ選手を目指す現実を考えると、とてもリアルな話です。
大会へ出場するには、
- 練習時間を確保する
- 大会開催地まで移動する
- 宿泊先を確保する
- 大会へ出場する
- 成績を残す
- 次の大会へ向けて再び練習する
という生活を繰り返します。
しかも、必ず賞金を獲得できるとは限りません。
安定した収入がない状態で遠征を続ければ、交通費や宿泊費などの負担も大きくなります。
さらに2020年は新型コロナウイルスの影響で、スポーツ大会そのものが大きな打撃を受けた時期でした。
デビリアーズにとっては「6か月で結果を出す」という期限があるにもかかわらず、大会に出場する機会そのものが減ってしまうという厳しい状況だったわけです。
それでも競技を続け、2021年にはピックルボールへ本格的に専念することを決断しました。
ここが彼のキャリアにおける大きな分岐点です。
プロとして成功した後だけを見ると華やかですが、その裏側には「この競技で本当に生活できるのか」という不安との戦いがありました。
デビリアーズのエピソードからは、プロピックルボールが現在ほど大きな競技になる前の時代に、選手たちがどれだけリスクを抱えて挑戦していたかも伝わってきます。
パートナー変更とジョンズ兄弟との激しい戦い
ピックルボールのダブルスでは、個人の実力だけでなくパートナーとの相性が非常に重要です。
デビリアーズは長年、パット・スミスとペアを組んでプレーしていました。
長く一緒に戦えば、
- 得意なショット
- 苦手なコース
- 前へ出るタイミング
- 相手に狙われたときの動き
- 試合中の声かけ
などを理解できるため、コンビとしての完成度も高まっていきます。
しかし、プロスポーツでは本人たちが「このペアで続けたい」と思っていても、そのまま続けられるとは限りません。
デビリアーズはスポンサーからの意向を受け、タイソン・マクガフィンとのペアへ移ることになり、スミスとの長年のパートナーシップを解消しました。
ここには、現代のプロピックルボールならではの事情が見えます。
ペアリング(※ダブルスで誰と組むかを決めること)には、
- 選手同士の相性
- 大会成績
- スポンサーとの契約
- 話題性
- ランキング
- プレースタイルの組み合わせ
など、さまざまな要素が関係してきます。
さらにデビリアーズのキャリアで大きな存在だったのが、ベン・ジョンズとコリン・ジョンズの兄弟です。
ジョンズ兄弟は男子ダブルスで非常に高い実績を残してきたため、彼らをどう攻略するかが他のトップ選手にとって大きなテーマになりました。
強いペアが登場すると、ライバルたちは「何が強さの理由なのか」を研究します。
例えば、
- どちらの選手を狙うのか
- ディンク戦で先に仕掛けるのか
- ロブを使うのか
- スピードアップのタイミングを変えるのか
- サードショットからどうネットへ進むのか
といった部分まで細かく分析されます。
ディンク(※ネット近くのノンボレーゾーン内へ柔らかく落とし、相手に強打させにくくするショット)は、トップレベルのダブルスでは特に重要な技術です。
デビリアーズたちがジョンズ兄弟と決勝で何度も激突したことは、単なるライバル対決ではありません。
強いペアを倒すためにライリー・ニューマンやマット・ライトなど、周囲の選手たちも戦術を磨き、それによって男子ダブルス全体のレベルが引き上げられていきました。
ひとつのライバル関係が競技全体を進化させる。
プロスポーツらしい面白さがここにあります。
ボディバッグも登場するトップレベルの駆け引き
ピックルボールを初めて見る人が驚きやすいのが、ネット前で突然始まる高速ラリーです。
ゆっくりしたディンクの打ち合いが続いていたと思ったら、一瞬でボールスピードが上がり、数回のボレーでポイントが決まることがあります。
そこで使われる戦術のひとつが「ボディバッグ」です。
ボディバッグ(※相手の体の近くへ速いボールを打ち、パドルを動かしにくくして返球ミスを誘うショット)は、トップレベルでも使われます。
「体を狙う」と聞くと少し危険な印象がありますが、相手を傷つけることが目的ではありません。
ピックルボールではネット近くに立つと、ボールとの距離が短くなります。
そのため、
- 利き手側の肩周辺
- パドルを持つ腕の近く
- 腰付近
- 両腕の間
など、パドルを素早く動かしにくい場所へ打つことで返球を難しくできます。
逆にボールが少し横へ外れれば、相手に強打される可能性もあります。
つまりボディバッグは、単純に「強く体へ打てばいい」というショットではありません。
どこを狙うのか、相手がどの構えをしているのか、次の返球に備えられるのかまで考える必要があります。
デビリアーズ自身も、相手から強いボールを体付近へ打たれたときは、その相手に打ち返すことがあると語っています。
一方で、女子トップ選手のアナ・リー・ウォーターズから自分がボディバッグを決められた経験も印象的なエピソードとして振り返っています。
トップ選手同士では、
- 柔らかいディンク
- 急なスピードアップ
- ボディへの強打
- 足元へのショット
- コース変更
が一連のラリーの中で次々に登場します。
スピードアップ(※ゆっくりしたラリーから突然強く速いボールへ切り替えて攻撃すること)のタイミングを読むことも重要です。
この「ゆっくり→急に速い」というテンポの変化が、ピックルボール観戦の面白いポイントでもあります。
次の目標はヨーロッパでピックルボールを広げること
デビリアーズの生活は、プロ選手として大会に出場するだけではありません。
彼には4人の子どもがいます。
つまり、プロツアーで各地を移動しながら、父親として家庭との生活も両立していることになります。
プロ選手の場合、大会当日だけ働けばいいわけではありません。
大会と大会の間にも、
- フィジカルトレーニング
- パドルを使った練習
- パートナーとのダブルス練習
- ケガのケア
- 移動
- スポンサー関連の活動
- 次の大会への準備
などが続きます。
フィジカルトレーニング(※競技に必要な筋力、持久力、瞬発力などを高める身体トレーニング)も、長いシーズンを戦うためには欠かせません。
さらに年齢を重ねるほど、疲労回復やケガへの対応も重要になります。
デビリアーズが5年以上トップレベルを維持してきた背景には、技術だけではなく、こうした日々のコンディション管理があります。
そして現在、彼が目標のひとつとして挙げているのが、ヨーロッパでピックルボールを成長させることです。
フランス出身のデビリアーズにとって、自分のルーツがある地域へ競技を広げることには特別な意味があります。
これまでプロピックルボールはアメリカを中心に発展してきました。
しかしヨーロッパやアジアなどで競技人口が増えれば、将来的には選手のスタイルにも地域ごとの違いが出てくる可能性があります。
例えばテニス文化が強い地域では、テニス経験者ならではのパワーやフットワークを持った選手が増えるかもしれません。
さまざまな国の選手がプロレベルへ進めば、
- 国際的なライバル関係
- 新しい戦術
- 若手選手の台頭
- 国別・地域別の大会
- 世界規模の競技交流
などもさらに増えていきそうです。
デビリアーズは、ただ現在のプロツアーで勝つことだけを目標にしているわけではありません。
自分が競技の成長期を経験してきたからこそ、その経験を次の地域へつなげようとしているのです。
まとめ
ジェイ・デビリアーズのキャリアを詳しく見ていくと、テニスで身につけた技術、プロ転向時の不安、パートナー変更、ジョンズ兄弟とのライバル関係など、現在のプロピックルボールを形作ってきたさまざまな要素が見えてきます。
特に興味深いのは、彼自身が成長するのと同時に、競技そのものも急激にプロ化していったことです。
今後ヨーロッパをはじめ世界各地で選手が増えれば、これまでとは違ったプレースタイルや新しいライバル関係も生まれるでしょう。
デビリアーズのこれまでの歩みと今後の活動は、ピックルボールが「一部地域で人気の競技」から「世界規模で戦うスポーツ」へ変わっていく流れを見るうえでも注目したい存在です。


