今回は、NAOが行く タイ編のDay2をお届け。未来の天才小説家NAOのレポートです!Day1を読んでない人は事前にこちらをチェック!
ピックルボール × タイ旅行 Day2
あなたは本を読みながら思わず吹き出して笑ってしまったことがあるだろうか。
僕はある。岡崎大吾さんの「バンコク危機一髪」を読みながら。
タイを舞台にした笑いあり、涙ありの傑作なので、「今年に入ってまだ一回も笑ってないんですよね。」という方はぜひ読んでいただけたらと思う。
特に王宮周りでのデモ事件の描写は、当時、王宮から徒歩10分の中高一貫の女学校で勤務していた自分にとってはリアルで、興味深いストーリーであった。
今日はピックルのあと、タイ三大寺院のうちの2つ、王宮寺院・ワット・ポーと王宮・ワット・プラケーオを観光したあとで、その女学校の前を通って帰る旅程である。
13歳から16歳だった彼女たちはもう立派に成人しているんだろうな、と朝から記憶のアルバムに学生たちの顔を並べていた。
初ピックル
バンコクの中心地、アソークのAsoke駅から電車で約15分。ウドムスック駅からすぐそこに今日のピックルコート場、BEAT Discoveryがある。
2023年半ばにできたばかりの美しい施設。屋根付きでサーフェスも完璧の本格派である。
バンコクで「ちゃんとしたピックルがやりたい」という方やタイでの大会前の方にはオススメの施設である。今ツアーのアシスタントをしてくれているアーンもこちらでコーチングをしている。タイ流コーチングを受けてみたい方はぜひタイ人が大好きな抹茶のキットカットをもって訪れていただきたい。
タイに着いて初のピックルデー。ほぼハワイアンな12名のお客さんもウキウキした様子でコートに集まっている。
本日のテーマは「ディンク」。高校生にとっての「青春」ぐらい重要なテーマである。
ダニエルのアシスタントコーチを務めて3年目になるが、ディンクにおいて彼の教えることは至ってシンプル。
「打って、戻って、準備する。」
この3つのステップをこと細かく、3時間かけて説明していく。
基本的にはスピーディな展開が大好きなアメリカ人たちにディンクの重要性とコツをいかに伝えるか、は一苦労だが、時間の経過と共にどんどんディンキングが上達していくのは見ていておもしろい。
さらにおもしろいのはセッションの最後にゲームをやると、誰もディンクをしないゲーム展開になるところなのだが、ダニエルだけは「うーん…」と苦笑いをしている。
いざ、王宮へ
午後からはダニエル担当のピックル組とナオ担当の観光組の2グループに分かれる。
僕は9人のハワイアンを連れ、昼食後、コートを後にする。
タイ・タイムな施設の運営の影響で、すでに予定時間を1時間ほど遅れていた。ダニエルに「大丈夫?」と聞かれたが、僕は「ここは僕の庭よ?」と余裕で答えていた。
なぜなら5年前に王宮近くに全世界待望の地下鉄の駅ができ、バツグンにアクセスがよくなったからである。
ただ、忘れものをしたお客さんがいたため、一度ホテルに取りに戻ることになった。
すると他のメンバーもついでに荷物を置いてくると言ったきり、なかなか下に降りてこない。
タイタイム×ハワイアンタイム…。時計の秒針の精霊は「どんどんいきまーす!」といたずらな顔で僕を焦らせてくる。
予定より2時間遅れでホテルを出発する。
「大丈夫…。まだいける…!」地下鉄に乗りこみ、脳内でタイムマネジメントする。
ワット・ポー
地下鉄から降り、ワット・ポーという涅槃寺へ向かう。
僧侶が法を学ぶためにラーマ1世が建てた古くからの王宮寺院で、タイ・マッサージの総本山でもある。もしタイマッサージの資格を取りたいという方はこちらで修業するといいだろう。元々はこちらでタイマッサージをしてもらうつもりだったが、もちろん時間の都合上、カットである
ワット・ポーの見どころといえば、全長49m巨大な寝釈迦像。足裏にはタイ仏教の世界を表現する108の絵が描かれている。ちなみに足裏を人に向けることはタイではマナー違反なので、長座体前屈が趣味の方は気をつけていただきたい。
この寝釈迦像は4時までに入場しないと見られない。しかし、見どころの多い王宮ワット・プラケーオも3時半までに入場しなければならない…。すでに時間は2時45分。少し迷ったが、まずはワット・ポーを急いで観光し、王宮に行くと決め込んだ。
ワット・ポーに入り、散らばりそうなハワイアンたちをまとめながら中を進んでいく。
「できたら108秒ぐらいで出てきて…!」そう願いながらお客さんたちだけを寝釈迦像が眠る礼拝堂に入場してもらう。
その間に王宮のチケットだけでも購入しに行こうと試みるが、最終入場時間までに入らなければならないと電話で説明を受け、とうとう焦りの2文字が踊りだす。
「ヂャイイェンイェン…」
ヂャイ=心。イェン=冷たい。「冷静に」というタイ語をひたすら呟く。
残り20分…タクシーを捕まえればまだ余裕で入場可能である…!
だがお客さんがなかなか出てこない…。「自分の顔に今なんて書いてありますか?」と周りの人に聞いたら、「焦りですね!」と言われそうなほど心底焦るが、礼拝堂から出てきたお客さんの前で笑顔は崩せない…。
とうとう残り10分を切る。最後のお客さんが出てくる。空を駆けるように大通りへと急ぐ。そこには額に「ボッタクリ」と書かれているトゥクトゥクの運転手たちが「へっへっへ」と待っていた。
流しのタクシーを待つ時間は当然ない。
「王宮まで!いくら?」「500バーツ(約2000円)だね!」
普通のタクシーなら50バーツでも行ける距離なのに…。
「3台だから1台300バーツにまけて!」「いいよ!」クイックに交渉し、お客さんを乗せる。
「急いで!王宮に入りたい!」運転手たちに叫ぶ。ボッタクリ三人組はニヤニヤしながらトゥクトゥクを運転し始める。
走れ!ナオス
王宮前に着く。ボッタクリーズが時計を見せながら言ってくる。「もう間に合わないね。」
時計を見せながら、僕を焦らそうとしてくる。彼らの時計ではすでに3時半を過ぎている。ボッタクリーズは続ける。
「急いであげたからやっぱり500バーツね。でもあと300バーツ払ってくれたら駅まで送ってあげるけど、どうする?」なぬ?と自分の時計を確認すると僕の時計では残り3分ある。ああ、意図的に時計の針を進めたのか…。
ボッタクリは芸が細かい。感心しながらもさすがに普段は温厚動物な僕も熱くなる。
「500バーツはあげる。でも仏教五戒の1つ、『不妄語戒(ふもうごかい、嘘をつくな)』をあなたたちは破っている。このお金で今すぐ髪を剃ってワット・ポーに出家しなさい!」
自分でもタイ語がスラスラ出てきて驚く。クイックに説法をして、ボッタクリーズを黙らせた。
お客さんたちに叫ぶ。「ちょっと走って、時差ボケをなくそうか!」
入口からチケットセンターまで数百メートルある。時間は残り2分を切っていた。
「先に行ってチケット買ってくる!」お客さんに告げると勢いよく走り出す。
「急げ、ナオス。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、いまこそボッタクリーズに知らせてやるがよい。」全神経を集中させる。
「もう間に合いませぬ。」100mほど走ったところで心のフィロストラトスが語り掛けてくる。
「もう、駄目でございます。むだでございます。走るのは、やめて下さい。もう、ハワイアンをお助けになることは出来ません。」
「いや、まだ陽は沈まぬ。」フィロストラトスを黙らせる。
「王宮内をお客さんに見せるのだ。」チケット売り場がすぐ先に見える。まだ開いているようだ。
「私は信頼されている。私は信頼されている。」唱えながら足を動かす。パドルを持った恐竜型のリュックが上下に揺れる。
「着いた…!まだ空いてる…!」時計の針は3時半ちょうどを指している。
ダンッダンッダンッ!! チケット売り場前の階段を大股で駆け上がる。
「ガーオコンクラップ!(9人で!!)」チケットを売っているお姉さんに魂で叫ぶ。
しかし、お姉さんは何も言わずに無情にも「CLOSED」の札をカウンター前に置く。
「間に合わなかったか…。」悲しむハワイアン、ニタリと笑うボッタクリーズ、「え、まじで?バンコクは庭って言ってたじゃん。」と苦笑いするダニエルの顔、「だから言ったでしょ」と、呆れ顔のフィロストラトス…脳内に登場人物の顔がずらりと並ぶ。ああ、やってしまった…。僕は勇者にはなれなかった…。
そう思った瞬間、お姉さんが9名分のチケットをスッと前に置いてくれた。
「え?!いいの?!」確認するとお姉さんはにっこり笑ってくれた。
「うぉー!バンコク危機一髪!!!!」両手を天に突き出す。
「やったー!ナオ、あなたは英雄よ!!」少し遅れて着いたお客さんたちと抱き合う。
みんな顔を紅潮させ、終始興奮しながら王宮を周る。エメラルドの仏像が「やったね」って言ってくれている気がした。この後も小さなトラブルがわんさかあったのだが、もう僕にはどうでもよかった。
ただいま
王宮を後にし、一行はゆっくりと駅まで歩く。厳しかった日照りもやんわりと弱くなり、散歩には程よい。
次第に懐かしい青色の制服が僕の瞳に映る。
ここは1904年設立のラージニー女学校。当時、赴任した日本人英語教師の功績から、日本語コースが作られることになり、今もなお、日本語教師がこちらで教鞭をふるっている。
「あれ?10年ぶりぐらい?」声の先には懐かしすぎる門番のおじさんの顔。なんと覚えてくれていたようで、笑顔で両手を合わせてくれた。
校門の中を覗くと、ふと初出勤日からの思い出のアルバムがパラパラとめくれ出した。
拍手で迎えられた初日、1日7クラス200名への授業に忙殺された日々、学生と一緒に食べた給食、放課後のバスケットボール、たまにされたタイ語での恋愛相談…。
「ただいま。」そう呟きながら校門を通り過ぎた。アルバムをパタンと閉じ、茜色になりかけた空を眺め、ぼんやりと歩く。
やわら、後ろからお客さんの言葉が聞こえる。
「ナオ!そっちは舟乗り場よ!駅はこっち!迷子にならないでね、今日のヒーロー!」お客さんたちに笑われる。
本日の勇者は、ひどく赤面した。