夫を突然亡くし、知らない町で孤独を深めていた70代女性ジーン。
そんな彼女を救ったのは、近所の人に誘われて参加したピックルボールでした。
プレーを始めてから仲間や外出の予定が増え、日常を取り戻していった実話を紹介します。
掲示板の前で語られた「命を救った」の一言
数年前、原文の著者はカナダ東海岸でピックルボールの講習会を開いていました。
ある日、クラブの掲示板に貼られた短い新聞記事を読んでいると、ひとりの女性が近づいてきます。
記事の内容は、その地域でピックルボールを楽しむ人が増えていることや、地域の交流を支えている人たちを紹介するものでした。
女性は記事を見ながら、「この地域で起きた変化は本当にすごい。
実は、ピックルボールが私の命を救ってくれたんです」と語ったのです。
ここでは、その女性をジーンと呼びます。
移住直後に夫を亡くし孤独の中へ
ジーンと夫はともに70代前半で、1年ほど前にその町へ引っ越してきたばかりでした。
友人や以前からの知り合いはひとりもいませんでしたが、景色がきれいで、穏やかに暮らせそうな場所だと感じて移住を決めたそうです。
ところが、新生活を始めて間もなく、夫が突然亡くなってしまいます。
知らない町にひとり残されたジーンは、話し相手も外出する予定もなく、次第に家へ閉じこもるようになりました。
孤独と悲しみ、抑うつ状態が重なり、自ら命を絶つことまで考えるほど追い詰められていたのです。
近所の人に連れ出され初めてコートへ
大きな転機になったのは、近所に住む顔見知りからの誘いでした。
その人は落ち込んでいるジーンを心配し、自分が普段参加しているピックルボールの集まりへ、半ば引っ張り出すように連れていきます。
そこでジーンが出会ったのは、明るくて思いやりがあり、新しく参加した人を自然に迎えてくれる仲間たちでした。
一緒にプレーして、休憩中に会話を交わす時間を、ジーンはすぐに楽しいと感じるようになります。
たった一度コートへ出かけたことが、止まっていた彼女の日常を再び動かし始めました。
週数回から1日2回プレーするまでに
ジーンはピックルボールの集まりへ継続して参加するようになりました。
最初は週に数回でしたが、プレーの楽しさや仲間と会える喜びが大きくなり、やがてほぼ毎日コートへ通うようになります。
体調がよい日には、1日に2回プレーすることもあったそうです。
ジーンの生活は、次のように変わっていきました。
- 週に数回、外出する予定ができた
- コートで仲間と会話する機会が増えた
- ほぼ毎日プレーする楽しみが生まれた
- 悲しみよりもピックルボールを考える時間が増えた
本人によると、気持ちは「スイッチが切り替わったように」変化したといいます。
コートの仲間が日常を支える友人へ
ピックルボールを始めたことで変わったのは、運動する時間だけではありません。
最初はコートで一緒にプレーするだけだった「ピックルボール仲間」が、次第に日常生活でも付き合う本当の友人になっていきました。
プレー後には一緒にランチを楽しみ、読書会やワインの集まりにも誘われるようになります。
ジーンが自宅へ仲間を招いて夕食会を開いたり、週末に一緒に旅行へ出かけたりすることもありました。
原文の著者の母親も、知らない土地でピックルボールをきっかけに仲間を増やしたそうです。
コートが新しい地域へ溶け込む入口になったのです。
ピックルボールが短期間で生み出す仲間の輪
ピックルボールには、初対面の人同士でも短期間で仲間になれる、不思議な力があります。
実際に、旅先のコートで知り合った人と、その後も旅行を楽しむ友人になったケースもあります。
ラウンドロビン(※参加者が相手やペアを替えながら順番に対戦する方式)で出会った人同士が恋人になったり、パドル(※ボールを打つラケットのような用具)を持って旅をしているという共通点だけで、自宅へ泊めるほど親しくなったりする例もあるそうです。
もちろん、すべての人が友好的とは限りません。
それでも、多くのプレーヤーが初心者を歓迎し、「一緒にやろう」と自然に仲間へ入れてくれる点は、この競技ならではの魅力です。
まとめ
ジーンにとってピックルボールは、体を動かすスポーツであると同時に、人と再びつながるための大切な居場所でした。
近所の人からの一度の誘いをきっかけに、週数回のプレーが毎日の楽しみとなり、コートの仲間は本当の友人へ変わっていきます。
日本でも競技の技術や勝敗だけでなく、年齢を超えて交流できる場としての魅力に注目です。
誰かを気軽にコートへ誘うことが、その人の新しい一歩につながるかもしれません。


